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世界の食卓

わたしたちは、
世界の人々が何を食べているか、
実はあまり知りません。
食を知ることが、
その人を知る手がかりとなります。

ここで展示されている写真は、アメリカ人ジャーナリスト夫妻ピーター・メンツェル氏とフェイス・ダルージオ氏によるプロジェクト「地球家族シリーズ」にて撮影された、世界の国々の家族と食卓のポートレイトです。最も根源的で最も古い歴史をもつ「食べる」という行為の現在(いま)を、「ファミリー」と「グローバリズム」 という二つの側面から映し出しています。今回、当パビリオンのコンセプトに共感していただき、メンツェル氏にご協力いただきました。


※解説文については『地球の食卓 世界24か国の家族のごはん』(著者=ピーター・メンツェル+フェイス・ダルージオ 翻訳=みつじまちこ/TOTO出版・2006年5月発行)出版時の掲載情報を参照しています。

モンゴル・ウランバートル(首都)/ バトソーリさん一家

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寒冷地のウランバートルにある巨大な中央卸売市場で食料の買い物をする時は、モンゴル人の食生活に欠かせない赤みの肉を忘れてはいけません。一家は元々ゲル(移動式の丸型テント)に住んでいましたが、水道設備がある小さな一間を間借りし他の二家族と共同で冷凍冷蔵庫とキッチンを使用しながら暮らしています。ゲルよりも狭い住まいであっても、もうバケツに水を汲んで急坂を運ぶ必要もありません。屋内に浴室があり電気コンロもある今の生活が気に入っているのです。

ブータン・シンカ村(ブータン中央部)/ナムガイさん一家

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ナムガイさん一家は人里離れた丘の中腹にあるシンカ村に13人で暮らしています。この村のほとんどの住居は練り土でできた3階建てです。土間にじかに置かれた土製の炉で自家栽培した赤米や穀物、唐辛子などの野菜を毎食繰り返し食べます。肉は仏教徒なのでブジャ(法事)などの特別な時期以外は食べません。一人当たりの年間肉消費量は3.3kg。魚や肉は自然乾燥で保存します。たんぱく源は家畜の牛から搾る乳で作るバター、ホエー(乳清)そしてチーズから摂ります。この村にファーストフード店はありません。

インド・ウジャイン市(インド中央部マデイヤ・プラデシュ州)/パトカールさん一家

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ヒンドウー教徒であるパトカールさん一家はカーストのバラモン(最高位)なので肉魚は食べません。15歳のアクシャイ君はウリ科の野菜やかぼちゃが大の苦手なのですが家族のルールなので仕方がありません。といっても一家の大好物はこの国に何千とある屋台の軽食なのです。スパイシーなひよこ豆のカレーとナン、香ばしいクレープのようなドーサやヨーグルトドリンクのラッシーやチャイ紅茶など所狭しと売られています。この国の広い地域にはそれぞれ郷土料理がありますが、時代の流れで少しずつ郷土の域が失われています。

中国・ウェイタイウ農村(北京市より東100km)/ツゥイさん一家

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ここ農村部では今も昔ながらの物々交換や労働力を提供しあう生活が続いています。地方政府から割り当てられる土地の畑で野菜を収穫していますが、一家6人が食べる1年の必要な量の10%にもなりません。足りない食料は北京に出稼ぎに行っている息子のお金で賄っています。村の大半の人々は今でも伝統料理を食べていますが、若い世代ではバターケーキのような嗜好品を食べる人が増え、村の食生活に変化がおきています。

オーストラリア・ブリスベン(オーストラリア中東部沿岸地域)/モリーさん一家

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オーストラリアの朝食の定番といえばベジマイト・トースト。パンに色々な野菜を発酵させた芳醇な塩味のベジマイトを塗りチーズやアボガドをのせて食べます。 多文化国家でもあるこの国は食生活も多様。メルボルン近郊の岬で豊富に水揚げされる新鮮な伊勢えびや鮮魚、スパイシーなエスニック料理なども好んで食べられています。蒸し暑い真夏の時期は多くの家庭が裏庭のテラスで和やかに食卓を囲む姿が見られます。

クウェート・クウェート市(首都)/アル・ハガンさん一家

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石油がもたらす豊かな食料が見て取れるハガンさん一家の食卓。ところがクウェートは土壌と水が乏しいので、ほとんどの食料が輸入されています。欧米スタイルのスーパーに並ぶ品の98%が他国から運ばれ、品揃えも質もよくそして安いのです。雇用・保険・教育・住居や一部の食料品店まで国から補助金がでるのです。この国の労働雇用は外国からの人々が多く、政府は女性の仕事も積極的に促進しています。室内エレベーターが設備されたハガンさんの住宅にもネパールからやってきた家政婦2人が働いています。

チャド・ブレイジングスーダン難民キャンプ(アフリカ大陸中央部の内陸国)/アブバカルさん一家

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チャド東部に設営された難民キャンプに6人が暮らすアブバカルさん一家が食べる穀物やでんぷん類の食料は、配給で与えられています。毎食のメニューはイネ科の穀類をひいた粉を粥状にして焼いた主食のアイッシュと、乾燥トマトを煮込んだ薄いスープなのです。一人分の配給量は年齢に関係なく2100kal相当。 それは16歳に推奨される一日の最低カロリーには足りていません。供給される水310ℓは飲料用と営みの用途も含みます。難民キャンプでは新鮮な野菜・果物・肉、そして乳製品はめったに口にすることはできないのです。

マリ・クアクル村(首都バマコ北部)/ナトモさん一家

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日干しした砂漠色の泥レンガを積みあげて建てた家の屋上で、一枚の写真に収まるナトモさん一家。一夫多妻で暮らす一家の朝食は、家の中庭で薪の火をおこすことから始まります。ミレット(雑穀)を鍋で煮たトウ(粥)にスープやソースを添えて食べますが、ときに燻製米とサワーミルクやココナッツのポリッジ、燻製魚とトマトのシチューのこともあります。生活水は共同の井戸から汲みます。乳製品は乳を発酵させた「酸乳」を飲みます。好きなものは何?と聞くと「好物」など考えたこともない、という答えがかえってきました。

オランダ・ズトフェン町(アムステルダムから電車で約1.5時間)/ロイシンクさん一家

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ロイシンク一家のランチは、オランダ全土でよく見られる典型的なもの。パンにピーナッツバター、ジャム、ヌテラ(ナッツ風味の甘いスプレッド)、そして定番のシュガースプリンクルなどあらゆるスプレッドをパンに塗ったサンドイッチです。オランダはチーズも豊富に揃います。食べ盛りの子どもたちには水分48%のセミハードチーズを与え、健康に気遣うようになったロイシンク夫妻は水分30%のハードチーズに替え、コカコーラや余分なチョコレートはもう食卓には置かなくなりました。

グリーンランド・キャップホープ村/マドセンさん一家

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北極圏の北、約440kmのキャップホープ村に暮らすマドセンさん一家。人口700人にも満たないイトコルトールミトという道路もない町から、さらに犬ぞりで2時間余り離れた一家の村では生鮮食料品が買えないので通称イトクにある国営マーケットまで行かなければなりません。イトクへの食料品は800km先の集落から夏はボートで、それ以外の季節は空の便かスノーモービルで運ばれてきます。野生肉は北極ガチョウ、北極グマ、ジャコウウシ、ウミガラスなどです。家族が好物のアザラシが採れた時はそり犬と分け合って食べ、毛皮は干して売ります。

フランス・モントルイユ(パリ郊外)/ルモワンヌさん一家

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この町にもフランスの巨大マーケット、オーシャンができ人々はその安さと便利さから日ごろの買い物に足を運びます。一方で、値は少し張るが質のいいパティスリーや肉、チーズなどを専門的に扱っていた伝統的なフランスの店がなくなっているのです。さらに多くの移民によって食の多様化が進みフランス人の味覚も広がっています。一家の母親も時間に追われる忙しい生活で手の込んだフランス料理を作りたいと思うものの、便利で安いアメリカのファストフードにはつい手が伸びてしまいます。

イギリス・ウイルトシャー州(イギリス南西部)/ベイントンさん一家

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イギリスの世界遺産ストーンヘンジ、エーヴベリーの巨石がのこる、この小さな村にベイントンさん一家は暮らしています。週末には趣のある牧草地の脇道やいくつかの小さな村を抜けたマルボロの町にある近代的な建物の高級老舗スーパー、ウエイトローズで一週間分の食料を買いだめします。買い物かごには冷凍ピザやジュースのパック、インスタント食品をたっぷり積み込みます。忙しい平日の朝食は火を使わずシリアルで簡単に済ませますが、週末は家族一家が揃う食卓で温かいイングリッシュ・ブレックファストを作ります。

アメリカ・ノースカロライナ州(ローリー郊外)/リーバイスさん一家

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アメリカ人の多くが健康的な食生活が大切と思いながら、実際に実践することは難しいようです。共働きで超多忙な生活のもとで、成長期の二人の息子を育てるのは大変です。週5回のランチにファストフードを食べ続けて増えた体重を減らす為にジムに通えば、結局、食事を作る時間がなくなり余計に多くのファストフードを食べるという負のスパイラルに陥ってしまいました。今は時間をうまく工面しながら食生活を見直し、エクササイズも自宅でするようにしました。

メキシコ・クエルナバカ郊外(メキシコシテイから80km南)/カザレーゼさん一家

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コンビニエンスストアを家族経営していた一家は、近隣の米国大型スーパーが出店した生活の変化に伴い店を閉めることにしました。生活環境の変化で食の多様化が進み成長する子供たちは、ポテトチップスやキャンディなどの加工菓子やスナックを食べるようになりました。新鮮な野菜や果物が減る一方で、食事には必ずコカ・コーラが添えられます。メキシコ国民の健康状態は過食と運動不足などによる肥満症が人口の65%でさらに増え続けています。(栄養転換)写真に写る魚介は蟹、ティラピア、ナマズ。

エクアドル・ティンゴ村(中央アンデス高地)/エイメさん一家

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赤道直下にあるエクアドルの熱帯低地から遠く離れたこの高地では土地が乾燥しているので、エイメさん一家が食べる十分な食料を耕すことはできません。それでも厳しい気候の中、じゃがいも、オカ(芋類の塊茎)、とうもろこし、小麦、そら豆、玉ねぎなどの畑の収穫で一年の大半を食いつないでいます。動物性のたんぱく源はクイ(モルモット)と鶏を一年に数回食べるだけですが、家畜の乳牛から一日1ℓが搾れる新鮮な乳が貴重な栄養源です。

Collaboration
撮影 : ピーター・メンツェル(報道写真家)

音声ガイドナレーター:宇賀なつみ